W杯 繰り返された日本代表「10番」の悲劇

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W杯 繰り返された日本代表「10番」の悲劇

 

 

サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会で、日本代表は

1勝もできずに1次リーグで敗退した。

 

細かいパスワークでつなぐ攻撃が機能しなかった。

 

 

本田圭祐(ACミラン)に球を集めたが、球さばきが悪く、本田が

持つことで攻撃のスピードが落ち、相手のすきをつけなかった。

 

だが、本田だけを批判できない。

 

本田は本来、パスワークでゲームを作るタイプではない。その

キープ力を他のプレーヤーが使うことで生きる選手だ。

 

つまり、敗戦の大きな要因は本田を使うべき背番号10、香川真司

(マンチェスター・ユナイテッド)が不調だったことにある。

 

初戦で対戦したコートジボワールは、香川が攻撃参加できないよ

う日本の左サイドを揺さぶった。

 

香川の相手陣内でのプレーは出場時間の52%。

 

意識的に攻撃を仕掛けた最終戦のコロンビア戦では67%で、15

ポイントも違う。

 

巧みな足技を持つ香川は海外では「忍者」といわれるが、初戦は守

備に忙殺され、忍者のごとく存在感が“消えていた”。

 

体調面で問題があったのかもしれないが、攻撃的MFが高い位置で

プレーしなければ、日本代表のサッカーは機能しない。

 

 

第2戦のギリシャ戦では、ザッケローニ監督は香川を先発から外

したが、これは采配ミスだ。

 

初戦の動きの悪さをみて決断したのだろうが、後半12分から交代

出場させるぐらいなら先発で起用し、無理矢理でも高い位置でプ

レーさせ、復復調させるべきだった。

 

3戦目で、ようやく本来のプレーが出てきたが、遅すぎた。

 

そんな香川の“悲劇”をみていると、日本代表の「10番」とW

杯との相性の悪さが頭をよぎる。

 

 

日本が初出場した1998年のフランス大会では名波浩が10番

だったが、実際に試合を作ったのは中田英寿だった。

 

2002年の日韓大会では、トルシエ監督(当時)が10番をつけ

ていた中村俊輔を代表から外した。

 

2006年のドイツ大会では、10番の中村、中田、小野伸二の

3人の司令塔がかみ合わず、2敗1分で1次リーグで敗退。

 

2010年の南アフリカ大会は、岡田武史監督が守備的に戦うこと

を決断し、10番の中村はレギュラーから外れた。

 

そしてブラジル大会。またしても10番が輝くことはなかった。

 

 

今回の日本代表は本田、香川をはじめ多くの選手が海外でプレー

しているという点が注目され、期待は高かった。

 

だが本田も香川もチームのレギュラーではない。そのレベルの選手

が中心では、真っ向勝負の攻撃サッカーは簡単にはできない。

 

どこまでそれが理解されていただろうか。

 

「4年に1度の大会で、自分たちのサッカーを出し切るメンタリ

ティーが経験を含めて足りなかった」。

 

香川は不本意なまま終わったブラジル大会をこう総括した。

 

次のロシア大会では10番の「負の伝統」を払拭する選手になって

ほしい。まだ25歳。それだけの才能は持っている。

 

 

「産経新聞」より抜粋。

 

 

 

なるほど。本田が活躍出来なかったのは、本田の持ち味であるス

ピードを出させるための球さばきが悪くて、相手にすきをつけなか

ったんだ。・・・それだけのオトコだという事ネ。

 

W杯の歴史をたどると、「10番の悲劇」なる物が存在するです

か?

 

だとしたら4年後のW杯の10番は誰?

 

そして時期監督は誰?

 

私の予想は・・・ラモス・・・。

 

どうでしょうか?

 

 

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