日本企業寄贈「KOBAN」にハングルの大看板 米領グアム
日本企業の支援によって米領グアム島に建設された交番にハングルの看
板が掲げられ、在留邦人の抗議で取り外されていたことが分かった。
JTBなどの日本企業が1991年、「日本には交番という優れた制度が
ある」(JTB)として、防犯と地域交流を目的にグアム中心部3カ所に
寄贈した交番だった。
関係者によると、ハングルの看板が設置されたのは、日本人観光客ら3
人が死亡した昨年2月の無差別連続殺傷事件の現場に近いグアム中心部・
タモン地区にあるタモン交番。
地元でも「KOBAN」と呼ばれて親しまれ、地図や案内にも「KOBA
N」と表記されている。
3月初旬に「トゥモン(タモン)警察」とハングルで書かれた看板が設
置された。地元でレンタカー店を営む韓国人オーナーが費用を捻出したと
いう。
在留邦人らがレイ・テノリオ副知事に撤去を求めると、韓国系米国人の
秘書から「日本企業が寄付すればもっと大きな文字を表示できる。韓国の
観光客が増えているから設置したのでは」との回答があった。
「交番3カ所と数台のパトカーは日本企業が寄贈したものだ」と訴え、撤
去されることになった。
看板設置に抗議した在留邦人は産経新聞の取材に、「日本人は資金を出
してもあえて公表しないのを美徳としているが、ハングルの看板はあまり
に公平さに欠けていた」と話した。
「産経WEST」より抜粋。
そりゃないよー!!
韓国人オーナーだか知らないけど~。
ちゃんと配慮して欲しいよね!!
韓国の女子高生ら日本人に感謝 「浮島丸事件」の碑に献花
社会福祉法人・舞鶴学園(京都府舞鶴市泉源寺、桑原教修学園長)と韓
国・パイントゥリーホームの交流事業の一環として、韓国から来日してい
る高校生らが27日、「浮島丸殉難の碑」(同市佐波賀)に献花した。生
徒たちは碑の前で手を合わせ、犠牲者たちの冥福を祈っていた。
浮島丸事件は終戦直後の昭和20(1945)年8月、舞鶴湾で旧海軍
の輸送船「浮島丸」が沈没し、日本で働いていた朝鮮人ら549人が犠牲
になった。
当時懸命の救助活動を行った地元関係者らが、29年から追悼慰霊祭を実
施。昭和53年には現場近くに殉難の碑と公園が作られた。
交流事業は、日韓両国の養護施設で生活している子供たちの交流を目的
に平成5年から実施。
第1回の交流事業の際、韓国のメンバーらが浮島丸事件のことを知り、そ
の後毎年、殉難の碑に献花をしている。
この日は、来日した女子高校生3人と教員のほか、舞鶴学園からも生徒、
職員ら約15人が参加。
ユリの花を献花した後、殉難の碑の前で静かに手を合わせた。また、「浮
島丸殉難者を追悼する会」の余江勝彦会長も姿を見せ、韓国の生徒たちに
浮島丸事件について説明するなどしていた。
引卒教員のチュ・ヨンヒョンさん(25)は「日本の人たちが慰霊の碑
を建ててくれたことに感謝します」、また韓国の生徒たちは「事件のこと
は知りませんでしたが、悲しい出来事に心が痛みます」などと感想を話し
ていた。
「産経WEST」より抜粋。
なんかこの記事を読んで感動しました。
日本にはこういう所があるのに韓国にはないよな~。
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